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アメリカ文学者

原成吉

No.113 詩をよむ;鏡をみる

Shigeyoshi Hara

2024.05.04(土)
08:00-08:30 放送
(スカパー! 529ch)

詩を届けつづけるひと

原成吉。三十五年にわたり、埼玉県草加市にある獨協大学で教鞭をとる、アメリカ近現代詩の研究者・翻訳者である。また、アメリカ・カウンターカルチャームーブメントの専門家でもあり、ヒッピー世代に文学の存在感をしめしたビート・ジェネレーションの詩人たち、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ゲーリー・スナイダーなどの詩の翻訳や評論の執筆者としても知られている。
とくに、原は、ロックスターにしてノーベル文学賞受賞者のボブ・ディランを〝詩人〟として学問的に研究しはじめた最初の大学人のひとりではないか。だからか。原成吉の言葉と感性には、アカデミシャンの枠におさまらない若者を惹きつける魅力がある。
番組は、原教授の獨協大学での最終講義の日からはじまる。

No.113 詩をよむ;鏡をみる

原成吉は「詩は声の文化」だと学生に教え、みずから実践しつづけた。言葉を、読む、聴く、声にだす。人は言葉の生き物だから、ぼくらはその言語行為をあたかもごく自然に、空気を呼吸するようにおこなうと錯覚している。当然の技能や権利として。そうしたくともできない存在がいることもつい忘れて。それもすぐ傍に。
本を読む、とくに詩を読むことは、ぼくらが日々頼りにしている言葉がけっして透明な存在ではなく、じつに複雑で、精巧で、不可解で、魅惑に充ちた存在であることに気づかせてくれる。万人のためのコミュニケーションツールであるにもかかわらず、複雑怪奇で、その力で以って万人が信じて疑わないリアルをうち毀し、日常の底に広がる深淵に刮目させ、新たな世界をきりひらく。
原成吉は、そんな言葉を、詩を、読み究めることを一生の仕事にしてしまった。

No.113 詩をよむ;鏡をみる

言葉は万人のために存在する時が大半だが、詩を読む時の言葉は「極めて個人的な営み」となる。詩を読むことは、詩作品という「鏡に映った、いま=ここにいる自分を確認すること」でもある、そう、原成吉は述べる。
詩は読む自分を映しだす言葉。だれからも視えない自分の内なる懊悩を自分に視せてくれる言葉。だれの瞳にも映らなくなった透明な自分を映しだしてくれる言葉。自分が愛し深く読む詩には、自分が宿りはじめる。
原は詩を読むことで自分を探し求めた。大学院生のころは、アメリカ・モダニズム詩の巨匠、エズラ・パウンドやウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩のなかに。だれよりも、中高生のころから憧れつづけたロックの神様ボブ・ディランの詩のなかに。そして「米軍基地」のあった、東京都立川市で生れ育った原は、ベトナム反戦運動を率いたヒッピーやビートの文学者たちにつよく共感し魅了されていく。その詩と言葉のなかに、同世代を生きる自分を見出してゆく。
一九八〇年代前半に、ロサンジェルスで撮影された原のスナップショット。そこには、ロングヘア、細身のジーンズ、強裂な自己の存在感を放つ、若き探求者の容がある。

No.113 詩をよむ;鏡をみる

獨協大学教授として最終講議の日を迎えた原成吉は、自分自身を「a letter carrier」、ひとりの詩の配達夫、と定義する。原は、アカデミシャンとして、詩や英語を読むスキル、アメリカ文学史や詩の思想を教え授けてきただけではなかった。原は、歴代のゼミ生たちや詩の仲間たちに、詩=手紙のなかに自分自身を探し、世界のなかで生きることと格闘しなさい、と説く。原は、ゼミ合宿で何日も学生と生活をともにしながら、アメリカの近現代詩を読み深め、みずからも詩をつくり、学生たちが書いた詩と交換する。すると、自分を宿した詩が、学生の心身へと届き、琴線にふれつづける。その逆も然り。年来の友人たちであり研究者仲間の「遊牧民」グループでも、おなじことがおこり反射し共鳴をつづけていく。
自分を映す鏡をさがす旅は、いつしか、世代をこえて集う、数多の同行の友に囲まれた旅になっている。

No.113 詩をよむ;鏡をみる

番組の終りちかく、原成吉は独り蓼科の山荘にこもり、ゲーリー・スナイダーの未発表訳詩「道元にならって」や「すべてに」にとりくんでいる。英語の詩をなんども声にだして口遊み、反古の裏に鉛筆で日本語訳を一語一語、書きつけてゆく。独得の、丸っこくのびやかな手書き文字に、窓からみえる冬木立が映りこみ、山野鳥の声が響いてうたを上書きしてゆく。
詩の作中で氷が割れる音を、原が口にだし語感をたしかめていると、番組ディレクターが「その音は、詩人が聴いた音ですか? 原さんが聴いている音ですか?」とたずねた。原は「両方じゃない? ゲーリーでもあるし、ぼくでもある」と問答にこたえる。自分のなかに詩と詩人がいて、詩と詩人のなかに自分もいる。そこにはたくさんの友人や家族もいて、星の数の未知の読者たちがいる。シエラネバダの、蓼科の、山々の静寂、瀬音、獣と小鳥たち、岩々の沈黙がある。

文字で書かれた詩は、こうして初めて、息づき、声をもち、生きはじめる。

No.113 詩をよむ;鏡をみる
text 石田瑞穂
原成吉

原成吉 (アメリカ文学者 / 翻訳家)
1953年、東京に生まれる 主書に『アメリカ現代詩入門ーエズラ・パウンドからボブ・ディランまで』(2020年)『記憶の宿る場所―エズラ・パウンドと20世紀の詩』(共著、2005)
主な訳書に『チャールズ・オスリン詩集』(共訳、1992)、『ウィリアムズ詩集』(訳編、2005)、ゲーリー・スナイダー『絶頂の危うさ』(2007年)など

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EDGE 1 #43 / 2024.05.04

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