ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
官能をくすぐるシュルレアリスティックな詩行を紡ぐ詩人・朝吹亮二。フランス文学の研究者として教鞭を執った慶應大学の教授職を退き、コロナ禍のもとで「在宅生活」を送る彼の現在とは――
映像はギターのアップからはじまる。「中学三年生のころにジミ・ヘンドリックスに出会って……」と語りだす詩人は、ギター製作を近年のライフワークのひとつとしてきた。テレキャスター、レスポールタイプ、五弦ベース……、これまでに5本の楽器を作りあげた朝吹が新たに製作したのが、2020年に上梓した最新詩集のタイトルの由来でもある“中身が空洞になっている”エレキギター、「ホロウボディ」だ。
黒衣の女が朗読する映像と朝吹自身による朗読シーン、差し挟まれる不穏なイメージのピース、そして一転、詩人の素顔を映し出す自宅でのインタビュー。それらが交錯する全篇を、ノイジーなギターの音がつらぬく。
光あふれる密室は白紙そのもの
性愛の星座のあとに/ない/という密室ができる
(『密室論』)
「書き始めのころから自分の部屋でしか書いたことがない」という「密室」の詩人はいま、フランス文学や研究書の並ぶかつての書斎を工房としてギターを作る。なだらかな曲線をえがく官能的な外郭。「ない」という存在が張りつめて在る孤独な密室としての中身。ギター製作とは、「ホロウボディ」とは、朝吹の詩行/詩業とぴったり重なるものであるのだ。
コロナ禍は世界の様相を一変させた。朝吹は自身の現在を「生活パターンに変わりはないが意識を相当侵されている」と語る。詩を書く理由を問われ、「書き始めてしまったから。詩は書き終わるようなものではない」とこたえた詩人は、番組出演に際して一篇の詩を書きあげた。
季節から季節へ
さまざまなものやこと
さまざまなことやひとやものがうつろいで
茴香の苦みと(アメールピコンのような)
痺れともっと奥のふるえに
たたずんで秘法のように
くちうつしで
わたされる
愛の書法
『愛の書法』全文はこちらのサイトに公開されているファイルを参照されたい。生存の危機を密室から突破する性と愛の言葉。いま、孤独なボディを交差させることは出来ずとも、わたしたちは言葉で交感しあうことが出来る。詩人が処方してくれたこの超越的な詩行をとっておきの劇薬として、災禍に病んだわが身の空洞に引き入れたい。
EDGE #102 / 2020.09.12