ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
2025.01.18(土)
08:00-08:30 放送
(スカパー! 529ch)
冒頭、カメラは郷里・鳥取県若桜町の川辺に佇む中尾太一を捉える。3年前に世に出した詩集『ルート29、解放』の一節が朗読される。同じ夢を見ている「わたし」と「あなた」。ふたりは「同じ町」をさまようが、重なり合うことなく、すれ違い続ける。その先に、ふいに「解放」が訪れる。そういう詩だ。
中尾はいま、北長野の丘陵地に建つログハウスで、妻と、中学生の娘の3人で暮らす。厳冬期はマイナス15℃にもなる土地。薪割りは家族総出の仕事だ。庭いっぱいに転がる丸太を妻が玉切りし、中尾が斧を振って一息のもとに断ち割り、娘が薪棚に運ぶ。初秋の木立は紅く色づき始めている。中尾が「紅葉がないとやってられない」と漏らすと、妻は「シジュウカラも応援にきてくれているよ」と応じる。同じ木立を見るふたりに生じる視差を、カメラは捉える。
中尾にとって、詩は生きることそのものだ。2007年の第一詩集『数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集』。そこで試みられたのは、死者をも含む他者の根源にある悲しみをわが身で受肉し、自分の肉体で抒情詩を立ち上げることだった。
命をカンナで削るような詩作。中尾は東京暮らしでうつ病を患い、13年前に長野に移った。なるべく人と話そうとリンゴ農家を手伝った。家族と食事をする居間と書斎の間に仕切りはない。たどり着いたのは、死を賭してではなく、生を賭して詩を書いていく態度への転回だった。
中盤、ルート29をたどり郷里に向かう中尾の旅をカメラは追う。鳥取を南北に縦断し姫路に至る国道29号線は、初期から中尾の詩に繰り返し現れるモチーフだ。第一詩集の一篇「ワンダーランド」で、国道29号を走るワゴンのハンドルを握る「オトウサン」に呼びかける内言の痛切さ。ルート29は、幼時の記憶を呼び戻す通路であると同時に、誰にも贖われることのない亡霊たちがざわめくトポスとして見出された。『ルート29、解放』を書ききった今、それが指し示すのが郷里に留まらず、より多くの他者がいる、例えば「列島」を指す言葉になっていくかもしれないと中尾は言う。
他者のなかにある光を信用しないと、「わたし」という一人称はほんとうには使えないのだと実感し始めたという中尾。
最後に朗読される新作『バード』の「わたし」の用法に、激しく心を揺さぶられた。
新しい心に生まれた新しい動きが人の内側から
わたしの体を揺らしていた
音楽がなっているあいだ
わたしは叩かれる弦になる
風雨に耐える力をわたしに見出して
わたしをそこに送り出していく新しい営みよ
「バード」より
EDGE 1 #45 / 2025.01.18