ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
1965年生まれ、現在は東京とパリを拠点とし、オーケストラ、アンサンブル、ピアノ、合唱曲、オペラなど音楽形式を問わず活躍する権代敦彦。少年時代からメシアンやバッハの影響を受けて作曲を始めた彼は、音楽を通じてキリスト教に親しみ、高校卒業のとき洗礼を受ける。以来、カトリック信仰に基づいた思索や祈りに満ちた音楽世界を生み出してきた。
彼が作曲家として重視することは、音楽の「空間性」なのだという。空間芸術としての音楽は、言語と異なり翻訳を経由せずとも、ダイレクトにコミュニケーションすることを可能にする。西洋音楽の古典に基づきながらも既存のジャンルに囚われない権代の音楽は、幾度となく国内外の観客を驚かせてきた。
いっぽうで権代は初期の頃から言語と対峙し、キリスト教や仏教など多くの思想化や文学者の言葉をテクストとして音楽に取り入れてきたことも事実だ。代表曲である「AGNUS DEI/ANUS MUNDI」もその例に漏れない。両親をアウシュビッツで亡くし、自らも収容所体験を持つパウル・ツェランの詩をもとにしたこの声楽曲は、絶望を味わった詩人の救いようのない闇を空間全体で作りだす。
権代にとって声や言葉を作品に用いることは、言語による共通認識の不確かさを音楽によって乗り越えることを意味する。言語から得たイメージを音に作り変え、メッセージをより強く発信すること。それは詩人の言葉よりも強いはずだと、彼は語る。彼が空間芸術として表現した音楽を、「いま、ここ」で人々が聴き、その思考や行動を刺激されること。それこそが、今に至るまで権代が取り組んでいるすべての試みの目指すところなのである。
EDGE 2 #3 / 2002.03.23