ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
「シャーロッキアン」と呼ばれるひとたちがいる。アーサー・コナン・ドイルの代表的著作であり、小説家が生み出した全世界屈指の名探偵、シャーロック・ホームズの熱烈な愛好者たちだ。かれらは作品に対しての強い愛を語りつつ、全60編のホームズ物語の一語一句から、「ホームズ学」と呼ばれるさまざまな角度からの研究を行う。
世界各国に存在するシャーロッキアンだが、本作の主人公となる田中喜芳は、まさに日本を代表するシャーロッキアンだ。高校時代にふとしたきっかけでホームズの世界に出会い、それ以来ホームズ・ワールドにのめりこんできた。ホームズ研究によって、アメリカ・ニューポート大学から客員教授として招かれたこともあるほどで、まさにその道に一家言を持った人物であるとわかるだろう。
多くのシャーロッキアンにとってホームズは実際の人物であり、ドイルはその出版代理人に過ぎないと見なされている。田中もまたホームズが実在したという前提に立ち、自身が住む横浜をヴィクトリア朝時代のロンドンに見立て、また鎌倉で作中の事件の検証をおこなう。研究の成果をシャーロッキアンの集いで発表し、さまざまな作品への愛を共有する者たちと交わるなかで、その世界はさらに広がっていく。
彼のいる場所そのものは、私たちが暮らす場所とはほとんど違いはないのかもしれない。しかし、そうした「日常」が一瞬で異邦の地に変貌するような感覚をおぼえるのは、ホームズ作品の魅力のみではなく、田中の“信じるもの”への、純粋な情熱の力にもまた起因しているだろう。田中の姿は、豊かに生きるとはどのようなことなのか、そうした問いすらもわたしたちに投げかけているかのようだ。
EDGE 2 #26 / 2007.05.19