ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
背後にススキの揺れる畑、だろうか。日暮れ近く、穏やかな暗さの光に包まれて植物だけが息づく場所に、ふんわりしたシルエットの白い服を着たひとがこちらを向いて佇んでいる。誰? これが詩人・蜂飼耳? いや、きっと違う……となぜだか思っているうちに詩が流れ始め、〝遠いものから近づいてくる〟(詩「腕を駆けてくる狼」)という言葉とともに、白いひとがすうっとアップになった。
幻想的で静かな冒頭のシーンに、引き込まれていく。
蜂飼耳本人はそのあと登場し、座間市の谷戸山公園とわかったその場所を歩きながら、森や野原で過ごした幼い頃の記憶を語ってくれる。「自然のなかの環境と紙の上の時間はつながって」「その間を行ったり来たりしていた」「言語も自然の断片」――そう話す彼女の落ち着いた声を聞き、ああ、あの白いひとは現実の自然と紙の上の自然との間に滲出する詩の気配そのものなのかもしれない、と感じた。
放っておけば消えるもやもやしたもの。詩の気配そのものとして、白いひとは水辺や夜の橋にあらわれ、ときに詩人がお茶を飲む喫茶店の後ろの席に座っている。日常に束の間キレツを生じさせる。浮遊感があるのに濃密で、不思議に可愛くて、どこか不気味で、懐かしいのに見知らぬ生きものに似た存在。それは蜂飼耳の詩の手触りに似ている。
学生時代を過ごした横浜では、詩「太陽を持ち上げる観覧車」のもとになった観覧車が空の一部のように回っている。〝ふたりになるため〟の透明なボックスの中、詩人と白いひととが向きあい、満ちる緊張と官能の時間。そうしてうるおっていく頂で〝口のごとく〟開いたドアから、詩は滴り落ちてくる。
滴った言葉を受けとめる海辺のラストシーン、詩人と白いひとはすれ違っていく。終わりではなくいつかまた始まるのだと約束するみたいに。そこでは波が、彼方へ、読むひとへ、詩の言葉を届けようとめぐり続けている。
EDGE 1 #31 / 2019.01.19