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詩人

三角みづ紀

流れつく

Mizuki Misumi

札幌に転居し、北国での暮らしをはじめた三角みづ紀さん。
そこには日常をいつくしみ、詩がおとずれるのを静かに待つ詩人の姿があった。
流氷の詩を書いてみたい、という三角さんとともに、カメラはさらに北の網走へ向かう。
はたしてどのような詩が生まれるのだろうか―

「三角さんへの手紙」

ご無沙汰しています。お元気でいらっしゃいますでしょうか。
あなたが、映っている番組をみて、何かを書いて欲しいとの依頼だったのですが、じつは今日まで、書くのがとても難しかっったのです。
語ってみたいことがないからではありません。むしろ、この数ヶ月、どこかでずっとあなたの言葉と暮らしていたような気が来ます。詩を読むあなたの姿を見て、ひとが言葉へと変貌していくさまをありありと目撃し、それを表現するにふさわしい文字を探しあぐねていたのです。
今日も書けないとおもい、お詫びのご連絡をしたためようとしていたとき、突然、どこからか無音の声がして、感想など書いてはならない、おまえは、ただ見たものを記せばよい。そう告げられたような気がして、ようやく紙にむかっています。

流れつく

詩を書く人は少なくない。でも、詩人と呼びたくなる人は稀です。私はあなたに、詩人とは、職業名である前に、人間の存在のありようであることを学んだように思います。
ひとが、言葉の器になることができれば、詩は自ずとそこに生まれる。だが、多くの場合、私たちは言葉を自分のおもいの器にしてしまう。詩人とは言葉をうまく用いる人であるより、深く言葉に信頼された人であることが、あなたの姿を見ているとよく分かります。

流れつく

あなたは、ふと旅をし、詩をたずさえて還ってくる。あなたは、万葉の歌人のように詩を拾いに旅をする。旅だとおもったら、暮らす場所を変えたこともあった。
「言葉」という文字が、如実に示しているように言葉は、薬草ととてもよく似ています。それをじっくり煎じて飲むと、見えないところにある傷も癒えてくる。あなたはさまざまな詩で、ひとはからだだけではく、こころからも「血」を流す生きものであることを歌う。そして、その「血」を慰めの「水」に変じることができるのは詩であることを、ずっと語り続けている。

流れつく

三角さん、ようやく分かりました。私は素朴にうれしかったのです。詩人と称するひとのなかに本当の意味で言葉に対し、敬虔な気持ちをもって生きている人を目の当たりにできて。
こうして書いてみると、これだけのことを言うのにずいぶんと時間を要したようにも思いますが、生きるということは、そんなことなのかもしれません。あなたも、たった一つの言葉に出会うのにも長い年月を費やしたのですから。
また、お目にかかれますのを楽しみにしております。
ご返信遅くなって本当に申し訳ありませんでした。
くれぐれも御身大切になさってください。

流れつく
二〇一八年九月九日 マラルメの命日に
こころからの敬愛とともに
若松 英輔
三角みづ紀

三角みづ紀 (詩人)
1981年鹿児島県生まれ
2004年に第42回現代詩手帖賞を受賞。同年に刊行した第一詩集『オウバアキル』で第10回中原中也賞を受賞。『隣人のいない部屋』(2013年刊行)では最年少で第22回萩原朔太郎賞を受賞。

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EDGE 1 #29 / 2018.04.21

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