ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
一冊の本がある。タイトルは『古本屋を怒らせる方法』(白水社)。著者は、画家・林哲夫。かれの画集『LES IMAGES ET LES MOTS』(1992)には、ていねいに細部を描かれた静物が多く画面を占める。そこにはしばしば、本が置かれている。
ざんばらの髪に無精髭をたくわえた画家は、雑然とした畳のアトリエでこう云う、「古いものがただ単に好きというかなあ、やっぱり時間が経って風化した肌合いとか、いいでしょう? いいんですよ」。かれの著書にはこうある、「蔵書の散逸は、新たな蒐集の血肉となり、骨となる。蔵書、死すべし。もし死なば、多くの果を結ぶべし」。かれは、たいそう奇特な古本蒐集家でもある。
画家は静物を描きつづける。時間を経てある独自の重力をともなった物たち。古本もまた、多くの人の手にわたるなかで、背は綻び頁は退色し、独特の味わいを帯びてゆく。かれは、画に描くために古本をもとめることがあるという。画家の視線は、知の蓄積とは異なる「物」としての本が引き受ける時間に、向けられている。
林は、先の著作でこう書いている、「百円のプルーストとの出会いが人との出会いを生み、人との出会いがさらに本を呼び寄せる。それはまた、書物の中に生きる人々との遭遇にも通じるのだ」。画家はアトリエで、きょうも静物を描いている。
EDGE 2 #30 / 2008.12.27