ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
東京芸大作曲科在学中に書いた作品が芥川作曲賞にノミネートされるなど、学生時代からその天才ぶりを遺憾なく発揮していた作曲家・武智由香。現在は日本を離れ、イギリス・フランスを拠点に作曲活動をおこなう。
2007年5月、神奈川国際芸術フェスティバルの一環としておこなわれた「聲明 西行マンダラ」のコンサート。天台・真言両派の僧侶による昭和と、日本を代表する雅楽・伝統楽器奏者の演奏が観客を魅了した。しかし、そこに至るまでには数々のドラマがあった。
武智の曲づくりは、まず西行と「浄土」すなわち「仏教の涅槃」を知るところからはじまった。もともとは貴族の出身で、何不自由のない生活を営んでいた西行。しかし世をはかなみ、23歳で出家、俗世をはなれた道に入る。
奈良県吉野に向かい、かつての西行が歩んだ道をたどっていく武智。木々のざわめきや陽の光のなかで、西行はなにを感じたのか。また、修行によって自らを高めていこうとした西行の想いを、自身はどのように曲として反映できるだろうか。武智の思索はつづく。
「願わくば 花の下にて 春死なむ」。西行の有名な句に武智は想いを馳せる。昔も今も、桜の美しさは変わらない。桜をつうじて、西行の時間とわたしたちの時間がちょうど交わるような感覚を彼女は覚えた。――ちょうど桜の落ちる余韻が、ひとつの音楽になるように――。演奏家達との多くのリハーサルと作曲の試行錯誤を経て、大作が完成し、会場での賛美をあびた。その瞬間、武智がなにを思ったのかはわからない。しかし、音楽家としての彼女が先人たちから、かけがえのない「何か」を受け継いだことは確かであっただろう。
EDGE 2 #27 / 2007.06.23