ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
好奇心に満ちた表情の一人の女性がプレス工場のなかを歩き回っている。小型録音機を手にした彼女は、プレス機の発するリズミカルな「音」を探し求めているのだ。彼女の名前は藤井郷子。国内外で活躍する作曲家・ピアニスト、自らのジャズ・バンドの指揮者である。
彼女が音楽をつくるうえで深く着目するものが「音」。ピアノの鍵盤はもちろん、弦を指で鳴らしたりスティックで叩くなど、自由な発想と意外な手段で多彩な音を作りだす。その姿は、どこかに隠された音を捜し求める探索者か新たな発見を求める科学者のようでもある。飛行機の飛び立つ音、街の騒音、浅草寺の縁日……あらゆる場所で、彼女は目を輝かせている。音を発するものはすべて楽器であり、音楽の素材となる。
4歳でクラシックピアノを始めた彼女は、高校卒業時にジャズに関心を抱き、のち単身で渡米。その後、即興演奏と出会った。クラシックピアノを学んだ彼女が即興ジャズへと関心をうつした理由は、「楽譜がないと一音すら弾けず、自分で判断を下せない存在のような気がしてショックを受けた」からだという。ピアノという楽器に縛られていた彼女は、声を発する、手や身の回りのものを叩くなどの行為を通して即興演奏の表現へと辿りつく。「まず音楽があり、その必要性に付随して音階や楽器が生まれたはず」。
率いているジャズ・バンドも、彼女の思想を体現する。演奏は各自の自由に委ねられ演奏者が気ままに音を出すことで、譜面は演奏を束縛せず、各演奏者が解釈を出し合って表現が生みだされるのだ。
物理的な束縛や制約にも積極的に向き合い音楽を作り続ける彼女は、今もどこかで音を探し続けている。そこから生まれた音楽は、決まりごとを軽々と飛び越えて、自由に広がっていくのだろう。
EDGE 2 #9 / 2003.01.25