ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
東京、高円寺。いくつもの路地に古本屋が点在するこの町に、かれはひっそりと棲んでいる。
文筆家、荻原魚雷。かれはたいそう奇特な古本蒐集家でもある。ヴァルター・ベンヤミンか松岡正剛のような丸眼鏡をかけ、飾り気のない質素なシャツを身に着けた小柄な体躯の、その静かなたたずまいには、あらゆる本という本を経てきたことの、どこか謎めいた風格のようなものがある。蒐集家がとりわけ瞳を輝かせるのは、古本屋の軒下に並べ置かれた均一本。「背表紙で年代がわかる」、「まず奥付を確認する」、「迷わず買えるのは五〇〇円まで」、「値段シールを剥がずことが愉しい」。そうそう、そのとおりだよ、魚雷さん! 中央線沿線に部屋を借り、本を買い、酒を呑み、ものを書き、バイトをし、そしてまた本を買う――。わたしの話かと思った。いや、わたしにかぎらず古本好きは、たいていこんな生活をしているものだろう。
ところで、かれが古本蒐集に目覚めたきっかけは、一冊の本だったという。辻潤『絶望の書』。この本に電撃を受けた若いかれは、アナキスムに傾倒し、社会運動へと身を投じてゆく。そのなかで大杉栄などアナキスムについてのあらゆる本を経ていった。
そして、アナキストの文筆家を「転向」させたのもまた、一冊の本だった。吉行淳之介『軽薄派の発想』。イデオロギーから解放されたかれには、本だけが残った。
「どんな世の中になっても、のんびりぼんやりしながら、だらだら暮らしたい。そういう戦い方もあるのではないか」(「「持続可能」ということ」)。
高円寺、夜。蒐集家は、きょうも古本を渉猟している。
EDGE 2 #36 / 2016.02.13