ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
一度も見たことのないみちのくの桜を慕い、歌に詠んできた歌人・水原紫苑。古典文学と芸能に精通し、桜の精神史に深い知見を持った水原がいま、北に向かい、憧れの桜とじかに対面を果たそうとしている。
太宰治が『津軽』の中で讃えた岩木山山麓の桜に、「神の顔」を見た歌人。さらに弘前城郭の桜に、どこへもゆくことのできない北の桜の切実さを感得する。さらに歌人の道行きは津軽海峡を越えて、北海道の大地へ及ぶ。文化のレッテルの貼られていない駒ヶ岳の桜で、言葉が解体されるような体験をし、トラピスト大修道院の八重桜に、天使の接近を予感する。一口に北の桜といっても、その表情はさまざま。だが、水原の言葉と歌は、確実にその個性を捉えていく。
最終地点は、水原にとって「夢の場所」であるという、函館の五稜郭。
星形の城址もとほれりいくたびかさくらの中に銃身光る
紫苑『客人』
一度も訪ねたことがなかった、夢の桜を詠んだ歌。この夢が、旅の中で、うつつになる。「あ、きれいだ。やっぱりきれいだった」。水原の口からこぼれた率直なひとことが、古今の言葉を知り尽くした歌人のものであるからこそ、胸を打つ。それしか言い得ないほど、感動が深いのだ。映像越しに、ひとりの歌人の積年の念願がかなう現場に立ち上がっていることの、至福を覚える。
星形に囚はれたりしさくらばな熊宇宙よりの死者を待ちつつ
紫苑
桜の花を透かして見る青い空に、アイヌの神である「熊」の到来を期待する。水原は、「桜を見る人」ではなかった。「桜を仰ぐ人」だったということに、このとき気づいた。映像の中で、桜を見る水原の目には、常に遥かな青空もまた映っていたことに。
EDGE 2 #11 / 2003.05.24