ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
二〇〇六年、靉嘔の回顧展『虹のかなたに』が開催された。館内を埋め尽くすように虹の色彩が掲げられた展覧会のようすを足掛かりに、「虹のアーティスト」の軌跡をドキュメントは辿る。鑑賞するためだけの芸術作品には興味がない、作品は完結ではなく入口なのだ、そう語る彼の絵画、パフォーマンスにとどまらない、多岐に渡る表現へのアプローチは、「フルクサスの歩み」の現在地なのだ。
戦後の画壇に生じた前衛芸術の潮流に作家として出発した靉嘔は、子供のイノセントな創造性を尊重する「創造美育運動」にも力をそそぎ、芸術の権威主義を否定した。一九五〇年代ニューヨークに渡った彼は、現地の作家と交流を深めながら真の前衛を探求しつづけ、一九六〇年代に起きた「フルクサス」の活動にくわわる。オノ・ヨーコやナム・ジュン・パイクら世界中のアーティストと共に、日常と芸術の垣根、ジャンルにとらわれない表現をうみだしたのだ。ジョン・ケージの「4分33秒」に衝撃を受けたという発言や当時をふりかえる靉嘔の証言は、彼らが生きた時代の熱を伝えてやまない。半世紀以上におよぶ軌跡のなかで、具象の絵としては数少ない両親を描いた肖像画や、書斎のふすまに描かれ美術館では見ることのできない作品が靉嘔自身の解説とともにうつされるシーンも、貴重な瞬間だ。
独自の表現のありかたを試行した結果、信じることができたのは色だった、彼は「虹」を摑みだしたきっかけを告げる。「虹」は、靉嘔にとってのアヴァンギャルドの証だ。今までにない視座を見つけ出すことが重要なのだ、必ずしもアートでなくてもかまわない、ポリティカルなものでも、人の生きかた考え方でもいいのだと彼は語る靉嘔の、いわゆる美学ではなく、生き方に直結するまなざしは、だからこそ、芸術という枠をこえて訴えかけるのだ。
EDGE 2 #23 / 2006.06.24