ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
2011年3月11日。東日本大震災と巨大津波は、詩人から言葉を奪った。
そして、吉増剛造は大震災直後から、東北の被災地に通い続けてきた。みずからの内なる廃墟を見つめるために。
福島第一原発が見える南相馬にたたずみ、「この景色を心が納得していないんだ」と語る詩人。
詩の言葉は動かないまま、吉増剛造は、白紙に自ら罫線を引き、米粒のように小さな文字で、戦後を代表する詩人にして思想家、吉本隆明の著作を書き写し始める。
「詩の傍で」と題されていた、その未知なる言語態は、やがて「怪物君」と名を変え、百枚、二百枚と集積されていく。
吉増は、いつも「怪物くん」の束を携え、旅に出ては、謎めいた音響を紙に書き留めていく。音と意味の奇跡のようなコレスポンダンス。
大震災後、吉増は五十年書き続けてきた日記を書くことを止めたという。書くことを止めて、気づいたのは日記という制度に囚われていたということ。詩もまた、詩という制度から解放されなければならないのではないか。
未踏の領域に歩み入る詩人の姿。
吉増は「詩の傍で」の原稿を金槌で叩き、インクをたらし、一枚の紙は、次第に時間の層を成していく。六百枚を超えたとき、それは、もはや原稿ではなく、絵画のような厚みを持つものになっていた。
福島県南相馬市。浪江。住民は避難して人影のない街。時間さえ止まったかのような浜辺に立って、吉増剛造は、変容してしまった景色と言葉に向かい合う。
風が吹き、詩人のコートがひるがえる。吉増剛造は、世界に触り続けるように、言葉を刻んでいく。
EDGE SP #17 / 2016.04.23