ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
東京、西荻窪。かつてより作家や詩人が多く棲み、古本文化をいまに伝えるこの町を、かれはよくたずねる。
文筆家、岡崎武志。かれはたいそう奇特な古本蒐集家でもある。「よく聞かれるんですよ、買った本をぜんぶ読むんですか、って。読むわけないんですよ」。朱色の眼鏡に口髭をたくわえた蒐集家は、はんなりとした大阪方言であっけらかんと話す。
古本屋でかれが目を留めるのはじつに珍本ばかりである。たとえば昭和初期に刊行された『シェパードの飼い方』。犬も飼っていないしシェパードにも興味がない、だけどこの本をかれは買う。昭和初期にシェパードを買うことができたのは上流階級だけで、この本は、思いがけず当時のある階級の暮らしをおしえてくれる、のだという。蒐集家の書棚には、この本にかぎらず昭和初期のものが多くならぶ。それは、昭和初年に生まれ、若くして亡くなった父が生きた時代に思いをいたらせるためのものだったのかもしれない、とかれはあとから気づかされる。
人は本を作り、本は人を作る。そしてまた人は本を作る。古本とは時代の証言であり、古本屋とは記憶の場所である。その日、かれがたずねた西荻窪の古書店は、いまは音羽館をのぞいてほとんどが閉店している。
EDGE 2 #2 / 2002.02.23