ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
その歌人の歌には、しばしば不思議な空白が投げこまれる。「廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て」――彼女の代表歌の「来て」の前に潜む、俳句の切れとも異なる空白は、何を意味しているのか。ウサギやウマに扮した人物が登場し、まるで絵本をめくるように展開する懐かしく切ない映像の中に立つ東直子が、その「空白」について語り始める。
片腕の魔物が登場する安房直子の童話『北風のわすれたハンカチ』をバラバラになるまで読んだ内気な少女は、大人になって歌人になり、若者の圧倒的な支持を得て、いまや現代短歌の最前線に立っている。家族、仲間に囲まれながらも、東が書くのは、独白の歌だと言う。
自宅のベランダから望む遠くのマンション群がロボットの家族に見えると言う歌人の心には、あどけない少女が住んでいるのだ。一拍置いたあとの短い「来て」は、舌足らずな少女の言葉。誰にも向けられていない呟きだからこそ、読者はそれが自分自身に向けられていると錯覚する。思わず孤独な少女の手を握ろうとしてしまう。誰もが持っている寂しさの器として、東の短歌は今日も現代を生きる人々の口に優しく宿る。
EDGE 2 #32 / 2010.04.10