ART DOCUMENTARY PROGRAM
スカパー! Ch.529にて放送中
2022.05.21(土) 08:00- 放送
(スカパー! Ch.529)
山田が発語するとき、その呼吸と発声から、非常に多くの負荷がかかっていることがわかる。
我々は彼の言葉を待つ。圧力がかかり、熱くなった一文が、しかし整ったかたちで繰り出される。これはすでに「表現」だ、と思う。彼の短歌もそうだ。
ざわめきとして届けわがひとりごと無数の声の渦に紛れよ
『さよならバグ・チルドレン』
裏拍で入る「届け/わが」でテクニカルに崩されたリズムに、ノイズとして濁音「ざ」「ど」「が」「ご」「ず」「ぎ」が散りばめられる。この歌自体がざわめきとも取れるひとりごとであり、無数の声の渦に紛れていく。一首が去ったあと、「ざわ」(低高)・「わが」(高低)、「むす」(低高)・「うず」(高低)が、対になって効いてくる。山田航の声が、山田航の歌をうたっている。
札幌郊外のニュータウンに生まれ、言葉遊びに熱中していた少年が、社会に出て戦力外通告を受けたと感じ、北海道の地へ戻ってきた。彼を出迎えたのは、短歌だった。図書館の歌集を「あ」から順番に読み、熱球のごとき短歌を放ち続けた。一人の青年は、北海道を代表する歌人・山田航となった。
内面の屈託と日本語マニアの性質を併せ持つ山田の短歌は、口語旧仮名で書かれることで、マジカルな光り方をする。何を言っているかよくわからないかもしれないが、ガッシュ(不透明水彩)で描かれたポップな劇画のようだ。力みと空転をこぼさなかった一首は、非常にエモーショナルな印象をもたらす。
ただ羽化を信じてゐたりカンテラを掲げて都市といふ巨樹を見る
『さよならバグ・チルドレン』
つまづいた俺の手をとり引き上げて世界はふたりぼつちの明日へ
『水に沈む羊』
関東・関西といった短歌の磁場から物理的な距離があることで、山田独自の視座も育った。編著『桜前線開架宣言 Born after 1970 現代短歌日本代表』は、北海道の地でひとりblog「トナカイ語研究日誌」を黙々と書いた蓄積の上にある。幼少期からの日本語テクニシャンぶりは、短歌作品だけでなく著書『ことばおてだまジャグリング』にも結実した。
歌会をライブと捉え、そこで自らが変容することを楽しむ日々。かつての原動力であった社会への抵抗を、短歌における「私性」の更新へと転ずることで、山田の表現は新たな中身を獲得しようとしている。
短歌プロパーにとって、山田航は、これからも欠かせない衛星都市であり続けるだろう。
EDGE 1 #37 / 2022.05.21