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詩人

岸田将幸

No.98 ただ生きて在るために
〜詩人 岸田将幸の原風景への旅〜

Masayuki Kishida

ノートをめくる指には土がついている。アスパラガス栽培をはじめてから八カ月ほどの記録がそこにある。十七年の都会暮らしから詩人は四国に戻ってきた。岸田将幸の故郷、西条のうごく雲を見上げるショットに、伸びる亀裂のような木立。はるかな空と百年そこらで寿命を終えるものが、このせかいには交差している。その事実を映像は数秒のうちに美しくつかまえる。
幼年期を巡って、時間の井戸をさかのぼるように旅が動き出すとき、二つの海がひらけていた。一つは岸田の奥底に。一つは彼方にむけて。一つ目の海は、宇和海の穏やかな入り江、交番の子として岸田将幸という人間のはじまるところ。二つ目の海は、鬱蒼とした単線道路を抜けて、太平洋へとつきだした足摺岬、あらゆる人間の終わるところ。

98. ただ生きて在るために 〜詩人 岸田将幸の原風景への旅〜

彼の詩を読むたびに思う。だれもが大勢の人間がいるなかのひとりでしかないのに、なぜ彼はたったひとり、これほど世界を背負いこむように書くのだろう。「死んだ者よ。おれに加勢せよ。俺が信じるところを信じよ。」彼になんの権利があって、もはや口のない死者のことばを自分のことばとするのだろう。けれど、その不遜ともいえる人声は、かえってわたしたちに届きえない想いを届ける。

98. ただ生きて在るために 〜詩人 岸田将幸の原風景への旅〜

手を海を迎えるようにむこうに置き、痩けた頬にまた手を添えて、岸田がまなざすしずかな入り江から、岸田の赤ん坊の記憶のなかで目線を合わせてくれた人間たちが立ち上がる。なぜそれは、わたしたちそれぞれが口に出さなくとも、よく知った顔なのだろう。彼の詩がなければ、思いもよらないことだ。岸田という詩人を通路として、しずけさの底というしかない各人のこころに、なにかが対峙する。そういえば、しずけさの底というこのことばも、映像のなかの岸田が言う「しずかな記憶」「水滴のような記憶」から引き出された。
映像はもう一つの海にたどり着く。茫洋と水平線すら曖昧な白さに抵抗するように立つ赤い建造物、岬の突端にそびえるその十字の形を、岸田は手を水平にひろげ身体をもちいてなぞる。ああ土と格闘する姿もそうか。このか細い道を行く詩人は、つねに自分の全身を動員して言葉を刻むということに、わたしは気づきはじめる。

98. ただ生きて在るために 〜詩人 岸田将幸の原風景への旅〜
(text 岡本啓)
作品紹介

Director’s comment

詩人岸田将幸さんと出会って以来、詩の言葉から、実際の仕草、まなざしから一貫して受けとってきた「姿勢」がある。今回、岸田さんのドキュメンタリー番組には、その「姿勢」こそ番組にうつし出したいとおもった。詩を書くことで生き方を問い、その生のただなかで書くべき詩の言葉を問う「姿勢」を。
およそ二年前、岸田さんは大阪、東京での暮らしから故郷の愛媛県へ帰郷し新たな生活をはじめた。それは、もう一度、詩を書くことを根底から問い直す決意だったのだ。
詩集『〈孤絶-角〉』にも記されている、故郷での幼き日の思い出やその光景。さらには原風景の港町。そして、四国の最南端の岬へ。詩人岸田将幸の足跡を辿るなか、今回のロケでそれらの地を案内してもらい、岸田さんには詩を書くことで、護りたい場所、そして護りたい人の生き方があるということをあらためて感じることができた。

98. ただ生きて在るために 〜詩人 岸田将幸の原風景への旅〜
(text 菊井崇史)
岸田将幸

岸田将幸(詩人)
1979年愛媛県生まれ。
津島、今治、丹原と移る。18歳、松山。大学中退後99年上京。詩誌「早稲田詩人」などに参加する。2004年に第一詩集『生まれないために』、06年『死期盲』。ゼロ年代を切り開いた詩人の一人として注目される。新聞社に勤めながら詩作を続け、07年『丘の陰に取り残された馬の群れ』を刊行。09年『〈孤絶-角〉』で高見順賞を受賞。
16年故郷にて帰農する。他に『亀裂のオントロギー』(14年)など。

PLANNER/SUPERVISOR
城戸朱理
CAMERA
山崎裕/髙野大樹
VIDEO ENGINEER
河合正樹/武井俊幸
EED
池田聡
AUDIO MIXER
富永憲一
SOUND EFFECT
玉井実
IN COOPERATION WITH
足摺海底館/エルスール財団
ASSISTANT DIRECTOR
杉山あかね
PRODUCER
寺島髙幸/平田潤子/設楽 実
DIRECTOR
菊井崇史

EDGE 1 #32 / 2019.04.06

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