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詩人

吉増剛造

浦島太郎の目

Gozo Yoshimasu (part.2)

「浦島太郎の目」は、吉増剛造が幾十年かよいつづけた奄美を再度巡るドキュメンタリーの後篇であり、その前篇「心に刺青をするように」と共に、詩を生きることが詩を書くことに終始しえない吉増剛造の絶間ない営為、その幾多の実践をしることができる。はてしない旅のなかで。
夕暮、カメラを掌に、シャッターをきりながら奄美名瀬をあるく吉増は、多重露光撮影をつづける理由をたずねられ、その意図を告げる。光景をかさねたり、裏から見たり、自分の目で見ているものを消すために、現実と呼ばれる像を消すためにかさねる、ひとりの人間のなかに数億の目があると見た方がいい、と。かぎりない多重として現実をとらえること、それは、写真、視覚だけにとどまりはしない。「フィルムにも裏と表があるように、光にも表と裏がある、……」(「妣の国の下の母の聲に耳を澄ます」)と朗読する吉増剛造は、同詩篇に記された奄美の地名「呑浦」「押角」にふられたルビ「ウシカキュウ」「ヌンミュラ」には、島尾ミホの声の響きが刻まれていると言う。吉増剛造は、ひとりの人間のなかの数億のまなざしや声の響き、数億の掌を詩に書き尽くしてゆく。そのこころみ、軌跡の全てが、終わらない旅なのだ。

浦島太郎の目

〽光の落葉、二つ三つ、天の窓から、落ちてくる
その下に、わたくしのいゝ人が、……

これは、……

わたくしの”編曲”だけれど、わたくしにだって、島唄が歌える、……
遙かに、見やる(視線を遠くその方へやる、……)目に、力さえあったなら

この旅を機に書かれた名篇「光の落葉 奄美、加計呂麻」は吉増の詩もまたドキュメントであることを証している。当時九二歳、島の唄者、里英吉をたずね、彼の奏でる音楽を聴く吉増の姿勢は印象的だ。眩い日の光が拡がる蒼い海に臨み、響き渡るうた声、三線に、全身で耳をかたむける。音や声の奥に拡がる光景を見つめるように。吉増剛造は、土地、海、風、空模様、声、言葉に全身を澄まし、「遙か」な拡がりを聴き届け、見届けた刹那の証を詩に刻みつづけている。

浦島太郎の目
(text 菊井崇史)
吉増剛造

吉増剛造 (詩人)
1939年東京府生まれ
1964年詩集『出発』でデビュー。初期の代表作『黄金詩篇』は第 1 回高見順賞を受賞。半世紀以上詩壇で活動を続けている。

PLANNER/SUPERVISOR
城戸朱理
語り
李鐘浩
CAMERA
夏海光造
AUDIO
石井有生
EDITOR
池田聡
MIXER
吉田一明
AD
松尾美亜
PRODUCER
寺島髙幸/大伴直子・設楽 実
PRODUCTION MANAGER
清田素嗣
DIRECTOR
伊藤憲

EDGE 1 #6 / 2001.12.29

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