読み込み中
詩人

高岡修

死して また生きるということ
高岡修の詩闘

Osamu Takaoka

高校を中退、27歳のとき、故郷の鹿児島で出版社を創立するも、34歳のとき、倒産。精神的にも経済的にも、追いつめられていった日々。「自分をいかに救うか」。高岡修がえらんだ救済は、詩を書くことだった。しかし、高岡の書いた詩は人生訓や癒しではない。生者と死者の世界が円環する、虚空のごとき純粋言語への憧憬だった。

死して また生きるということ 高岡修の詩闘

「言葉は/一度/死の深淵にまで/降りていかなければならないということ/そのために/言葉の寺に石碑はいらず/紙碑こそが/似つかわしいのだということを」(「谺」より)。くるしい時代をささえたのが、死や無に漸近する詩だったという、畏しい逆説。高岡修は詩闘により世界と死闘することで、詩人の生をつかんだ。
高岡修は2003年に自社刊行した『高岡修全詩集1969~2003』によって、鹿児島から全国の詩壇にその名を知らしめる。そして、詩人は還暦逆修生前葬を執り行い、翌日から、これまでは書けなかった桜島を詩にしようとする。新たな「復活」を祈念して。

死して また生きるということ 高岡修の詩闘
(text 石田瑞穂)
高岡修

高岡修 (詩人)
1948年愛媛県生まれ
1986年、第一詩集『晩餐図』を出版。1990年、詩集『二十項目の分類のためのエスキス・ほか』にて第18回南日本文学賞受賞。

PLANNER/SUPERVISOR
城戸朱理
語り
青野武
CAMERA
新垣直哉
VIDEO ENGINEER
白川淳
CA
清水正俊
EDITOR
西村康弘
AUDIO MIXER
吉田一明
SOUND EFFECTS
小堀貴史
AD
松田知子
PRODUCER
寺島髙幸/清田素嗣・設楽実
DIRECTOR
甲斐健一郎

EDGE 1 #20 / 2008.10.25

ベターライフチャンネル(スカパー! Ch.529)
テレビチューナーアプリ ivy (iPhone / android) にて放送中